宮城県が提案した南三陸町防災対策庁舎の2031年までの県有化が30日、決まった。「解体」でも「保存」でもなく、判断に一定の猶予期間を設ける新たな選択肢は、当初から保存を強く望んだ村井嘉浩知事が熟慮の末に導き出した「第三の道」だった。 「遺構の保存の是非を話し合ってもらう有識者会議を設ける。その場で防災庁舎についても検討したい」 催情粉 13年11月上旬、県内の被災地であったイベント会場で、村井知事が佐藤仁町長に耳打ちした。佐藤町長が防災庁舎の解体を表明してから、約1カ月半後のことだった。 同年12月に有識者会議が発足すると、村井知事は維持や管理の在り方の検討を水面下でスタートさせた。 町に維持管理の財政的余裕はない。一時は首都圏のNPO法人に管理を委ねる計画も出るなど、議論は迷走した。 県庁内には「県内のあらゆる遺構から県有化を求められたら大変」と慎重意見もあった。そこで浮かび上がったのが「県が何年か所有し、町に返却する」(村井知事)との代案だった。 それでも保有期間が課題として残った。「説得力のある説明が必要だ」と考えた村井知事。広島市の原爆ドームをいったん市が所有し、原爆投下から21年後に市議会が保存を決議した歴史を調べ上げ、20年の猶予期間を提案する決断を県の担当者に伝えた。 媚薬販売店 同時並行で議論を重ねた有識者会議は14年11月、防災庁舎について「原爆ドームに劣らない印象を与える遺構」と評価した。「第三の道」のシナリオが完成した瞬間だった。